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「チーバくん」デザイン等使用許諾 千葉県許諾 第A743-2号

制度の歴史

 民生委員制度の源は、岡山県に誕生した「済世顧問」制度と言われています。
 その後、大阪で始まり全国的に制度化された「方面委員」制度が、現在の民生委員制度の前身とされています。
 ここでは、これまで100年に渡って育まれてきた「民生委員制度」の歴史をご紹介します。下記ページ内リンクメニューから、ご覧になりたい項目をお選びください。
 なお、千葉県民生委員児童委員制度創設70周年記念冊子と全民児連発行資料をもとに、記載しています。

民生委員の起源

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民生委員の前身

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全国制度

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戦後拡充期

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年表

 第一次世界大戦は、戦時景気をもたらしましたが、その末期には物価の高騰から社会不安の波が押し寄せていました。
 大正5年5月、宮中で開催された地方長官会議の場で、岡山県・笠井信一(かさい しんいち)知事は、大正天皇より「県下の貧民の状況はいかに」との御下問を受けました。

笠井信一氏

 その後、県内の生活困窮者の実情を調査すると、県民の一割が悲惨な生活状態であることが判明しました。この事態の重大さに、笠井知事はドイツのエルバーフェルト市(現在のヴッペルタール市)とライプチヒ市で行われていた「救貧委員制度」を参考に、大正6年5月12日に「済世顧問設置規程」を公布しました。

 これが、現在の民生委員制度の源と言われる「済世顧問制度」の始まりです。同年末の顧問数は65名でした。また、この済世顧問は、防貧活動がその使命とし、生活困窮者に正常な社会生活を営み得る水準にまで復元(自立)させることが仕事でした。そのため、単に物資の提供によるものだけではなく、地域の篤志家が相談に応じるという形を取りました。活動には、特段制約を設けず、顧問の自主活動に委ねたこともあり、地域ごとに多彩な施策が見られたといいます。

 現在では、「済世顧問制度」が誕生した「5月12日」を「民生委員の日」と定め、全国一斉にPR活動や啓発活動に取り組んでいます。

済世顧問制度の概要

区域 : 市町村行政区域
配置 : 岡山市15名、町村1名
選定・推薦等 : 
 区域内の有力者を市長の推薦により知事が嘱託(委嘱)。ただし、適任者がいなければ空席とされ人物本位の人選を行った。名誉職。

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林市蔵氏

 岡山県で「済世顧問制度」が誕生した翌大正7年、大阪府では林市蔵・大阪府知事(当時)が、社会事業の権威であった小河滋次郎(おがわ しげじろう)博士の協力を得て「方面委員制度」が誕生しました。(10月7日大阪府告示第255号をもって「方面委員規程」を公布)

 この頃、第一次世界大戦後による好景気がもたらされた一方、貧富の差が拡大し、大正7年(1918年)8月には富山県で高騰する米価の廉売を求める「米騒動」が起きました。この富山県で発生した米騒動は大阪を含め全国に波及し、社会不安が高まっていました。

 こうした状況の中、時の大阪府知事であった林市蔵(はやし いちぞう)氏は、平素から住民の生活実態を丹念に調査し、その良き相談相手となって生活指導に当たるような委員制度の必要性を痛感していました。

 そこで、当時大阪府の最高嘱託であり、社会事業の権威であった小河滋次郎博士に依頼して、ドイツ・イギリス・アメリカの救済委員や中国の審戸、江戸時代以来の五人組、岡山の済世顧問などの各制度を詳細に研究調査し成案化したのが「方面委員規程」です。

 この制度の特徴は、済世顧問制度と同様、防貧を目的としていますが、より社会調査(生活状態・要援護者調査等)を重視したものでした。また、各方面に1名の常務委員(現・地区会長)を置いたほか、その連合会である常務委員連合会を設置するなど、組織だった活動を行っています。

 方面委員の「方面」とは「地域」のことを指しています。各委員は、それぞれが一定の区域を担当し、訪問調査活動に重点を置き、担当区域内の住民の生活実態の把握に努めました。この活動を通して、具体的な救済事業の要望を探り出したり、生活困窮等で支援が必要な人は迅速に救済機関につなぐという役割を担っていました。

 こうした活動は、現在においても民生委員活動の中心として引き継がれています。

方面委員制度の概要

区域・配置等 : 
 小学校通学区域をもって1方面とし、大阪市内16方面を設置。1方面に約10名を嘱託(委嘱)。各方面に事務所を設置。
選定・推薦等 : 
 関係市区町村吏員、警察官吏、学校関係者、有志者及び社会事業関係者の中より、知事が嘱託。名誉職。

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千葉県の方面委員

昭和2(1917)年
 千葉県に方面委員制度誕生

方面委員時報

 千葉県では、昭和2年7月8日に「千葉県方面委員規程」が公布され、方面委員制度が誕生しました。同年9月に、方面委員の区域を1市16町と定め、同年10月・11月に知事が160名を委嘱しました。この時の任期は2年でした。

当初、方面委員が設置された地域は?

 1市16町は次の通り。千葉市4方面、山武郡東金町、市原郡五井町、海上郡銚子町、東葛飾郡市川町、匝瑳郡八日市場町、印旛郡成田町、夷隅郡勝浦町、安房郡館山町、香取郡佐原町、千葉郡津田沼町、海上郡本銚子町、東葛飾郡野田町、君津郡木更津町、東葛飾郡船橋町、安房郡北条町、長生郡茂原町(※千葉市以外は各町1方面)

 


 

昭和4(1929)年
 救護法の公布と、方面委員による請願・上奏

昭和3年の民生委員

 昭和4(1929)年、「救護法」が公布されました。

 現在の生活保護制度の前身と言える「救護法」は、老衰や疾病、貧困等のために生活ができない者を救護するというもので、対象者と救護の種類を拡大し、公的な救済義務や(市町村・道府県・国の)費用負担も明確にしました。この実施は、市町村の事務とされましたが、補助機関として救護委員が置かれることになり、方面委員が兼任することになりました。

 この救護法は、公布されたものの、財政難のためになかなか施行には至りませんでした。万策尽きた昭和6(1931)年2月16日、全国の方面委員代表者1,116名が連署した「救護法実施請願ノ表」を上奏するに至ります。自らの辞表を胸に上奏に及んだ強い思いが実り、事態は急転、昭和7(1932)年1月より関係者の悲願だった救護法が実施されることになりました。

 なお、千葉県ではこの救護法の制定に伴い、救護委員を兼任する方面委員の定数を1,071名としました。
(写真は、上奏を前に皇居前に整列した全国の方面委員代表)

 


 

昭和11(1936)年
 方面委員令公布、全国統一の制度へ

 昭和11年、「方面委員令」が公布され、初めて全国一律的な基準が設けられました。設置主体は、道府県で任期は4年。名誉職とされ、その職務は担当区域内の実態調査や生活困窮者の救護及びその自立指導等とされました。

 すでに、昭和3年時点では、全府県に方面委員又はそれに類する制度が設立されていましたが、地方の任意制度であったため委嘱方法や任期等にバラつきがありました。

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昭和21(1946)年
 民生委員令公布「方面委員」から「民生委員」へ

 戦後の苦難の時代を経て、経済成長とともに増大する福祉ニーズに対応した各種制度が整備され、委員活動が広がっていきました。

 それまでの方面委員制度は、生活困窮者等への指導的性格が強かったですが、この民生委員法では一般住民への生活指導面も含め、より広範に民生全般に関する国の諸施策の推進・協力機関とされました。
 この時、「方面委員令」は廃止され、その名称も「民生委員」へと改称されました。

 また、委員の選考・委嘱方法についても、推薦委員会の設置や、都道府県知事から厚生大臣へと委嘱者の変更等がなされました。任期は2年とされました。民生委員公布時の県内委嘱者は3,078名(男:2,401、女677名)でした。

 同年、生活保護法が公布(救護法は廃止)され、民生委員は補助機関として位置付けられました。

 


 

昭和23(1948)年
 民生委員法公布・児童福祉法施行

 それまでの勅令という形式から、この時から国会の議決を経た法制度となりました(民生委員令は廃止)。任期は3年。

 民生委員になるための資格要件や職務上の信条の明示、指導訓練に関する規定等を設けられました。
 また、児童福祉法の制定(公布は昭和22年、施行は23年)により、民生委員は児童委員を兼務することになりました。
 ※勅令:旧憲法下、議会を経ず、天皇によって発せられた命令。今日の内閣の政令にあたる。

 


 

昭和25(1950)年
 生活保護法改正・社会福祉協議会誕生

 昭和25年、生活保護法上の民生委員の位置づけは補助機関から協力機関に変更されました。

 昭和26年(1951)、社会福祉事業法が公布されました。戦後、社会福祉団体の再編が進められ、全国から市町村段階までの連絡組織である社会福祉協議会(社協)が誕生しました。民生委員はその設立に中心的な役割を果たしたとされています。

 


 

昭和27(1952)年
 世帯更生運動の実施

世帯更生運動のポスター

 昭和27年の全国民生委員大会で、救貧から防貧活動を強化し、一人の民生委員が一世帯ずつでも更生させていこうと提案・決議され、全国的に世帯更生運動(しあわせを高める運動)が実施されました。
 この運動を契機に、昭和30年には民生委員と社会福祉協議会が協働して低所得者に貸付を行う、「世帯更生資金貸付」(現・生活福祉資金)制度が導入されました。

 


 

昭和28(1953)年
 民生委員法の改正

 それまで、民生委員の任期は決まっていても委嘱日がバラバラで事務の煩雑化が懸案事項でした。そこで、この改正により中途委嘱者の任期は「前任者の残任期間」とされ、この年の12月から「一斉改選」が始まりました。

 


 

昭和49(1974)年
 孤独死老人ゼロ運動

孤独死老人ゼロ運動1

 全国民生委員児童委員協議会では、昭和49年に全国一斉に「孤独死老人ゼロ運動」を実施し、近隣住民による日常的協力体制の確立や、孤立する高齢者への福祉サービスの充実などを目標に、老人クラブや住民組織と協力し、食事サービスや茶話会、ひと声運動などの実施を進めました。

孤独死老人ゼロ運動2

 この運動の一環として、全国10の県・指定都市民児協関係者による「孤独死老人追跡調査」が実施され、把握された816人中、6人に1人は誰にも看取られておらず、10人中2人は死後2日以上経過して発見されていました。また816人の生活保護受給率は41.2%で、国民全体の保護率1.3%の実に40倍に上るという厳しい現実が明らかになりました。

 この結果は、広く関係者に衝撃を与え、公的な福祉サービスの拡充とともに、地域から高齢者を孤立させない取り組みの推進につながり、それは今日まで続いています。

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 民生委員制度の年表を紹介しています。オレンジの項目が千葉県内の項目になります。

西暦(年号) 関連事項
1917(大正6)年
  • 岡山県で民生委員制度の源である「済世顧問制度」が発足
1918(大正7)年
  • 大阪府にて「方面委員制度」が発足(以後、方面委員制度が各地に普及)
1927(昭和2)年
  • (7月8日)
    千葉県は方面委員設置規定、同常務委員規定、同方面委員会規定を公布
  • (9月3日)方面委員設置区域を千葉市ほか16市町村に決定
  • (10月~11月)160人を委嘱
  • 第1回全国方面委員会議を東京にて開催
1928(昭和3)年
  • 方面委員制度が全府県に普及
1930(昭和5)年
  • (3月31日)千葉県方面委員事業助成会連合会設立
1931(昭和6)年
  • (6月2日)千葉県の全市町村に方面委員設置、方面委員数1071人
1932(昭和7)年
  • 全日本方面委員聯盟発足
1936(昭和11)年
  • (11月13日)方面委員令公布
     (方面委員制度が全国統一の制度となる。施行は昭和12年1月15日)
1938(昭和13)年
  • 厚生省設置、社会事業法公布
1941(昭和16)年
  • 千葉県方面委員事業助成会連合会は、財団法人千葉県厚生事業協会へ合併
1946(昭和21)年
  • (8月20日)千葉県方面委員連盟設立
  • (9月13日)「民生委員令」公布(方面委員は民生委員と改称)
  • (9月25日)千葉県方面委員連盟を「千葉県民生委員連盟」に改称
  • (11月6日)全日本民生委員連盟発足(全日本方面委員聯盟を改組)
1947(昭和22)年
  • 児童福祉法公布(民生委員が兼任)
1948(昭和23)年
  • 民生委員法公布(民生委員令廃止)
1949(昭和24)年
  • 「公的保護事務に於ける民生(児童)委員の活動範囲」(通知)
     (民生委員は保護実施の補助機関から協力機関へ)
1951(昭和26)年
  • 全日本民生委員連盟は、中央社会福祉協議会の発足への参加を決定
  • 「民生委員信条」制定(10月15日)
  • 千葉県社会福祉協議会が設立されるにあたり、千葉県民生委員連盟は解散。
     社協内の民生委員部が事業を継続・担当
1952(昭和27)年
  • 全日本民生委員連盟解散
     (全民連事業を中央社協の民生委員部に引き継ぐ)
  • 民生委員一人一世帯更生運動の全国的実践申し合わせを決議
  • (4月9日)千葉県民生委員児童委員会設立
  • (6月)千葉・愛知・神奈川県の各県「民生委員1人1世帯厚生運動」実施
1955(昭和30)年
  • 民生委員・児童委員協議会を組織
  • (4月)全国社会福祉協議会連合会を全国社会福祉協議会に改組
  • (9月)関東ブロック民生委員児童委員活動研究協議会を開催(勝浦市)
  • 世帯更生資金貸付制度創設
1960(昭和35)年
  • (3月31日)民児協総務制度創設
  • (10月27日)関東ブロック民生委員児童委員活動研究協議会を開催(銚子市)
1961(昭和36)年
  • (4月1日)世帯更生運動を「しあわせを高める運動」に改称
1965(昭和40)年
  • (7月26日)第1回千葉県民生委員児童委員大会を開催(千葉市)
1966(昭和41)年
  • (8月)千葉県感謝状贈呈要綱制定。
     (民生委員退職者6年以上、在職死亡者3年以上)
1968(昭和43)年
  • 全民児協「在宅ねたきり老人実態調査」を実施
1969(昭和44)年
  • (7月3日)関東ブロック民生委員児童委員活動研究協議会を開催(勝浦市)
1970(昭和45)年
  • 千葉県下の民生委員・児童委員が「千葉県南部地方集中豪雨災害見舞金」を拠出(65万3200円)
1971(昭和46)年
  • 全民児協「子どもを育てる母親運動」を開始
1972(昭和47)年
  • (4月)「千葉県民生委員児童委員に対する死亡弔慰金(7000円)支給要綱」制定・実施
  • (9月19日)千葉県と神奈川県の民生委員による合同研究部会を開催(千葉市)
1973(昭和48)年
  • (4月)「千葉県民生委員児童委員協議会交付金交付要綱」制定
  • (12月1日)「千葉県民生委員退任慰労金制度」実施
1974(昭和49)年
  • 全民児協「孤立死老人ゼロ運動」を開始
1976(昭和51)年
  • (1月20日)本県と茨城県で民生委員合同研究部会を開催(九十九里町)
1977(昭和52)年
  • (5月)全民児協は、民生委員制度60周年を期して「民生委員・児童委員の日」制定。
  • 全民児協「老人介護の実態調査」を実施
1979(昭和54)年
  • (1月)千葉県「民児協」組織準備委員会を設置
1980(昭和55)年
  • (10月1日)「千葉県民生委員・児童委員協議会」設立
1982(昭和57)年
  • (9月7日)関東ブロック民生委員児童委員活動研究協議会を開催(鴨川市)
1984(昭和59)年
  • 全民児協「心豊かな子どもを育てる運動>を展開
  • (8月10日)千葉県民児協「財団法人」として発足
1985(昭和60)年
  • 全民児協「在宅痴呆性老人の介護実態調査」を実施
1990(平成2)年
  • 福祉関係8法改正。世帯更生資金を生活福祉資金に改称
1992(平成4)年
  • (3月18日)全国児童委員研究協議会を開催(鴨川市)
  • (12月1日)全民児協を、全国民生委員児童委員連合会(全民児連)に改称
  • 千葉市の政令指定都市移行に伴い、千葉市民児協は千葉県民児協を脱会し独立
1994(平成6)年
  • 主任児童委員制度創設(千葉県は436人)
  • (9月7日)関東ブロック民生委員児童委員活動研究協議会を開催(鴨川市)
1995(平成7)年
  • 新・民生委員信条策定(全国大会in広島)
1997年(平成9)
  • 全民児連「子どもと子育てに関するモニター調査」を実施
1999(平成11)年
  • 全国大会で「児童虐待防止緊急アピール」を決議
2000(平成12)年
  • 民生委員法・児童福祉法等7法改正
     (名誉職規定削除、民児協「総務」は「会長」と呼称変更)
  • 「社会的な援護を要する人々に対する社会福祉のあり方に関する検討会」が報告書を策定
2001(平成13)年
  • 主任児童委員制度の法定化(児童福祉法改正)
  • 全民児連組織再編(規定改正、部会、委員会組織再編)
2006(平成18)年
  • 全国一斉に「民生委員・児童委員発 災害時一人も見逃さない運動」を開始
2007(平成19)年
  • 民生委員制度創設90周年。
    全民児連は「民生委員制度創設90周年 活動強化方策「広げよう 地域に根ざした 思いやり」を策定
2008(平成20)年
  • 関東ブロック民生委員児童委員活動研究協議会を開催(鴨川市)
2009(平成21)年
  • 生活福祉資金貸付制度改正(総合支援資金の創設等)
2013(平成25)年
  • 公益法人へ移行し、「公益財団法人 千葉県民生委員児童委員協議会」となる
  • 民生委員法一部改正(委員定数の条例委任等)
  • 千葉県幕張メッセで、第82回全国大会を開催
2014(平成26)年
  • 主任児童委員制度創設20周年
2016(平成28)年
  • 全国モニター調査「社会的孤立」に関する実態調査を実施
2017(平成29)年
  • 民生委員制度創設100周年、児童委員制度創設70周年

※参考及び一部抜粋 : 千葉県民生委員児童委員制度創設70周年記念冊子、全民児連HP他

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